スタッフブログ

職員Aです。

職員Aです。

少しずつ日が短くなっているので、確実に秋は近づいているんだなと思いますが、グロッキーです。

 

自分の子供の頃には、蚊帳をつって、鈴虫の音色を楽しむなど涼を得られましたが、今の時代、防犯の意識が薄いと何かあっても自己責任です。

自己責任…。

母は亡くなる1年くらい前まで、車に乗っていました。世間からみたら、とっくに免許返納をしたほうがいいと思いますが、買い物にいくのも楽しみにしていたので、あと少し、あと少しと、声掛けを逃していたのも確かです。

多くのご家族が、親の免許の返納については、頭を悩ましていると思います。

 

我が家はその頃、今日、この日、事故を起こしても母は責任なんて取れないだろうなと思っていました。

けれど、私がとがめたことは、全部、妹や親せきにいいつけの電話をします。なんか私が、虐待をしている気分です。高齢者の権利擁護についても、介護の研修などでも必ずもりこまれるような時代になってきました。財産もない母ですが、これは法的手段をもって、私が後見人であることをはっきりさせようと思い、母とふたり公証人役場へと向かいました。任意後見人という制度を勧められました。

 

当時、5万円くらいの費用が掛かりましたが、母には、「親子といえども契約の時代だよ。お母さんの責任は〇〇(妹)とも相談したけど、私がとるんだよ」と伝えると、なんの文句もなく手続きを終え、ラーメンとクリームソーダを食べて家に帰り、契約書の片割れを母の引き出しにしまいました。

 

本当は、この契約の効力が発動するには、家庭裁判所に申し立てをしなくてはいけないので、ふたりで公証人役場にいったという思い出だけです。

病院での手術の同意書や、預貯金の積み下ろしも別に制度を利用しなくとも家族であればできます。妹とも、意見の食い違いで、もめたこともありません。

ただただ、母の人生の責任を取るのは荷が重かったのです。

父の場合は認知症もありませんが、時間的猶予もなく、手術、退院、胃ろうの造設とすべてお前が決めていいというし、療養しているとはいえ、父に無責任さを感じたのです。

母にはまだ準備期間があるのではと思っていました。

 

医療介護に従事する熟年の私でも、親の介護には葛藤が大きいです。この立場を託させた立場が、お嫁さんだったり、兄弟だったり、もしかしたら孫やいとこだったら、もっともっと悩むのだろうと思います。

また、時間的にも仕事を中断し、意思決定の代弁者として労力を使わなくてはなりません。プライベートな時間を許してくださった2つの職場に感謝しています。

 

 

次回、母に変わり戦後のノスタルジーへ続く…

 

🔻認知症の人の日常生活・社会生活における意志決定支援ガイドライン(厚生労働省ホームページより)

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000212396.pdf

 

 

 

 

 

木更津東邦病院の物忘れ外来含む各種外来、居宅介護支援事業所、デイケア、デイサービス、訪問介護、訪問看護、介護老人保健施設、ショートステイ、特別養護老人ホームとかもめグループだけでもお役にたてる部署があります。

また、公的支援制度の各種窓口に繋げることもできます。介護は、相談・協力してくれる人がいなければ、介護者も押しつぶされてしまいます。

気持ちを理解してくれる人がいるだけで、楽になれます。具体的な解決策で、自分の就労や勉学も続けることができます。

 

 

🗒本日の格言 🖋 日野原重明先生

 

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